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東京地方裁判所 昭和41年(行ウ)76号 判決 1967年9月27日

原告 永井清

右訴訟代理人弁護士 安達十郎

田代博之

被告 世田谷税務署長 加納貞

右指定代理人 福永政彦

<ほか三名>

主文

本件訴えをいずれも却下する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、「被告が原告の昭和三七年分所得税について、(イ)昭和四〇年一月二〇日付でした過少申告加算税賦課決定処分ならびに、(ロ)同年九月六日付でした課税標準、所得税額及び過少申告加算税額を減額する更正処分をいずれも取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、その請求原因及び本案前の主張として、次のとおり述べた。

一、原告は、その昭和三七年分所得税について、昭和三八年三月一五日被告に対して確定申告をし、ついで昭和三九年一二月一二日、右申告に譲渡所得九一八万八、八七八円の不足額があったとして、課税標準を九五七万六、三〇〇円、所得税額を三八二万一、一五〇円とする修正申告(以下「本件修正申告」という。)をしたところ、被告は、昭和四〇年一月二〇日付で原告に対し、過少申告加算税一九万〇、四五〇円の賦課決定(以下「本件加算税賦課処分」という。)をし、これを原告に通知した。

そこで、原告は、同年二月一二日後記のような事由により本件修正申告が無効であることを主張して、右修正申告及び加算税賦課処分に対し被告に異議の申立てをしたが、同年三月二九日前者に対する異議を却下、後者に対する異議を棄却されたので、同年四月二八日さらに東京国税局長に審査請求をしたところ、同局長は、同年八月一六日付で右修正申告に対する審査請求を却下し、加算税賦課処分に対する審査請求を棄却する旨の裁決をした。

二、ところが、その後にいたり、被告は、昭和四〇年九月六日付で原告の前記昭和三七年分所得税の課税標準を七四七万八、五三八円、所得税額を二七七万二、二五〇円、過少申告加算税額を一三万八、六〇〇円に減額する旨の更正処分(以下「本件更正処分」という。)をし、これを原告に通知した。原告は、右更正処分に対し同年一〇月三日被告に異議の申立てをし、同年一二月二二日これを却下されたので、昭和四一年一月二〇日東京国税局長に審査請求をしたが、同局長は、同年三月二二日付で右請求を却下する裁決をし、同月二六日その旨原告に通知した。

三、しかし、本件加算税賦課処分及び更正処分は、次の理由によりいずれも違法である。すなわち、本件修正申告の対象となった前記譲渡所得なるものは、租税特別措置法の適用を受けるいわゆる居住用財産の買換えのための譲渡による収入を計上したものであるが、この収入について右措置法の定める課税の特例に従って譲渡所得金額を計算すると、原告には本来納税申告をすべき譲渡所得が全然なかったのである。しかるに、所轄世田谷税務署員は、不正にも、原告に右の譲渡所得があるとして、その旨原告を欺罔し、錯誤におとしいれて、前記のような真実に反する修正申告書を提出させたものであって、このような原告の真意にもとづかない本件修正申告は当然に無効である。したがって、右修正申告が有効であることを前提としてなされた本件加算税賦課処分及び更正処分も違法である。

四、被告は、本件更正処分が本件修正申告及び加算税賦課処分にもとずく税額等を減額した処分であり、原告に利益なものであるから、原告がその取消しを求める法律上の利益はないと主張するが、原告は、右処分の前提をなす本件修正申告そのものが無効であるとして、その申告にもとづく納税義務の存在を争っているのであるから、たとえ申告にかかる税額等を減額した更正処分であっても、原告に右の納税義務のあることを前提とするものである以上、不利益処分であることにかわりがない。いわゆる申告納税方式をとる国税についても、税務署長に更正の権限が認められていることを考えると、税務署長は、納税申告書が提出された場合、常に右申告が適正であるかどうかを調査し、申告が真実に合致しないときは、直ちにこれを是正すべき職責を有するものであり、とくに申告が納税者の真意にもとづいてされたものであるかどうかは、申告の適否のもっとも根本的なことであるから、当該申告が真意にもとづかないものである旨の申出が納税者からあったときは、税務署長としては、かならずその点を調査し、それが事実であれば、以後右申告を無効として取り扱うことを要し、その申告が有効であることを前提とするあらたな処分をしてはならない職務上の義務を負うものというべきである。

したがって、申告が無効であるにかかわらず、それが有効であるとの前提で、納税者に対し税務署長がなんらかの処分をすることは、そのこと自体が納税者の利益を害するものとして、納税者においてその処分の取消しを求める利益があるといわなければならない。本件の場合、原告の修正申告がその真意にもとづかないため無効であることは前記のとおりであり、原告はこのことを右修正申告に対する異議申立てにおいてすでに主張していたにもかかわらず、被告は右修正申告が有効であるとして本件更正処分をしたのであるから、それが税額等を減じた限度において原告の利益になるものであっても、なお、右述の意味において原告がその取消しを求める利益を有することは明らかである。

よって、本件加算税賦課処分及び更正処分の取消しを求める。

被告指定代理人は、本案前の申立てとして主文同旨の判決を、本案の申立てとして「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、本案前の主張及び請求原因に対する答弁として、次のとおり述べた。

一、(本案前の主張)原告は、本件更正処分の取消しを求める法律上の利益を有しない。すなわち、本件の課税経過は原告主張のとおりであって(ただし、不服申立ての日などに若干のちがいがあることは後記のとおり)、右経過から明らかなように本件更正処分は本件修正申告及び加算税賦課処分にもとづく税額等を減額した処分(減額更正)であり、これを取り消すと、原告が本件修正申告書を提出した状態に戻ることになるから、かえって納付すべき税額が増加して原告に不利益な結果となる、原告は、右修正申告そのものが無効であるから、減額更正処分であっても、原告に不利益を与えるものであると主張するが、減額更正処分は、申告にかかる税額等を減少させる効力を有するのみで、積極的に減額後の残余の税額等を確定する効力を有するものではない。修正申告が無効であれば、たとえ税務署長がそれを有効と認めて減額更正をしても、修正申告によって当初申告より増加した税額等についてはなんら確定の効力を生じないのである。したがって、減額更正を処分によって残余の税額の納付義務が存在するものとして取り扱われるのは、修正申告によるものであって、決して減額更正処分によるものではない。原告が修正申告の無効を理由に本件更正処分によって減額後の残余の税額について納付義務を争うのであれば、当該税額についての納付義務の不存在確認を求めるべきである。また、原告は、被告が本件修正申告を無効として取り扱うべき職責を有するにかかわらず、これを有効として本件更正処分をしたから、その取消しを求める利益があると主張するけれども、税務署長が申告を有効と認めて減額更正処分をしたからといって、本来無効な申告が有効となるいわれはないから、右のような理由で減額更正処分の取消しを求めることは許されない。税務署長は、申告にかかる税額等が過大であると認めたときは、減額更正処分をすべき職責を有するが、納税者から適法な更正の請求がないかぎり、納税者に対する関係では右の減額更正処分をすべき義務を負うわけではなく、また申告が無効な場合には、申告にともなう法律効果はなんら発生しないことになるから、税務署長としては、納付すべき税額があると認めれば決定処分をすべきであり、納付すべき税額がないと認めたときはなんらの処分もしなくてよいのである。ただ、申告が無効であり、納付すべき税額もない場合には、形式的にせよ申告が存在するので、法律関係を明確にする趣旨で、納付すべき税額がないものとして減額更正処分をするのが妥当であるといえるかも知れないが、納税者からの更正の請求がないかぎり、税務署長が当該納税者に対して減額更正処分をすべき義務を負担するものでないことは前記のとおりであるから、右更正の請求がなされていない本件において、仮に本件更正処分が取り消されたとしても、原告としては、本件修正申告が無効であって、納付すべき税額がないとするあらたな減額更正処分を受ける権利はなく、この点においても原告が本件更正処分の取消しを求める利益はないというべきである。

二、(請求原因に対する答弁)本件各課税処分及びこれに対する不服申立ての経過については、本件修正申告及び加算税賦課処分に対する異議申立ての日が昭和四〇年二月一五日、右両者に対する審査請求につき裁決のなされた日が同年八月一八日、本件更正処分に対する異議申立ての日が同年一〇月四日、これに対する審査請求の日が昭和四一年一月二二日、右審査請求につき裁決のなされた日が同年三月二五日であるほかは、原告主張のとおりであることを認めるが、原告のその余の主張は争う。

理由

一、原告がその昭和三七年分所得税について確定申告及び本件修正申告をしたところ、被告が昭和四〇年一月二〇日付で本件加算税賦課処分をし、ついで同年九月六日付で本件更正処分をしたことは、当事者間に争いがない。

二、そこで、まず、本件加算税賦課処分の取消しを求める訴えの適否について判断する。

本件加算税賦課処分に対し、原告が所定の異議手続を経て東京国税局長に審査請求をしたところ、昭和四〇年八月中旬同局長が右請求を棄却する裁決をしたことは当事者間に争いがなく、ほかに特段の事情も認められないから、右裁決はその頃原告に送達され、裁決のあったことを原告が知ったものと認めるべきである。しかるに、原告が本件加算税賦課処分の取消しの訴えを提起した日が右の裁決のあったことを知ったと認められる日の当時から起算して三箇月の出訴期間(行政事件訴訟法一四条)をはるかに経過した昭和四一年一一月三〇日であることは記録上明白であり、この出訴期間を遵守しなかったことにつき原告の責に帰すべからざる事由があったことについては、なんらの主張及び立証がない。してみると、本件加算税賦課処分の取消しを求める訴えは、法定の出訴期間経過後のものとして、不適法たるを免れない。

三、つぎに、本件更正処分の取消しを求める訴えの適否について検討する。

当事者間に争いのない本件の課税経過から明らかなとおり、本件更正処分は、原告のした本件修正申告の課税標準及び所得税額を減額するとともに、前記加算税賦課処分による過少申告加算税額についてもこれを減額した処分であるが、このように申告または賦課処分による税額等を減額する更正処分は、さきの申告等の効力をまったく失わせて、改めて当該国税の税額の全部について納付義務を確定するものではなく、右の申告等にもとづき納付すべきものとされる税額のうちその減少する部分についてのみ効力を有するものと解される(国税通則法二九条二項参照。)してみると、本件更正処分は、原告の本件修正申告等にもとづく本税及び加算税額を減少させる点において原告に利益な処分であり、右減額の結果として、残余の税額につき原告が納付義務を負うことになるとしても、それは、本件修正申告及び加算税賦課処分の効力によるものであって、決して本件更正処分によるものではない。それゆえ、原告が本件修正申告の無効を理由として、減額後の残余の税額についても納付義務がないことを主張するのであれば、右修正申告にもとづく租税債務の不存在確認を求めるなどの方法によるべきであって、右の効果を確定するために本件更正処分の取消しを求める利益はまったくない(本件更正処分を取り消したからといって、減額後の税額について納付義務のないことが確定されるわけではない。)。

そのほか、原告は、被告が本件修正申告を無効として取り扱うべき職責に違背して本件更正処分をしたこと自体が原告の利益を害する旨主張するが、所論は独自のものであって採用することができず、他に原告が本件更正処分の取消しを求める法律上の利益を有することについての主張及び立証はない。

結局、右更正処分の取消しを求める訴えは、その利益を欠くものとして、不適法であるといわなければならない。

四、以上のとおり、原告の本件訴えはいずれも不適法であるからこれを却下することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 緒方節郎 裁判官 小木曽競 佐藤繁)

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